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“最後の晩餐”が死への恐怖を和らげる「おあとがよろしいようで」

いつか死ぬ。私たち人間は、生まれてきてしまったからにはこの運命から逃れられません。死ぬのって……怖いですよね。オカヤイヅミさんが描く「おあとがよろしいようで」は、死ぬことが何よりも怖いというオカヤさんが、その恐怖を和らげるために大好きな食べ物のことを考えるエッセイ作品です。

このマンガでは毎回、オカヤさんが作家の皆さんに「最後の晩餐」を聞きに行く様子が描かれています。これまで綿矢りささん、西加奈子さんら小説家の方々が登場。それぞれが「死ぬ前に食べたいもの」について、そして「死」についての思いを語っています。

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第4回 「最後の晩餐 ~津村記久子さんの場合~」より。

第4回に登場した津村記久子さんは、死ぬ前に食べたいものとして「まい泉」の「ロースカツ膳」を挙げます。肉が好きだという津村さんは「死ぬ直前ってたぶん何も食べられない」と思いつつも、「聞かれてパッと『まい泉』って出てきたんで、どんな死に方でも食べたいと思います」と決意表明。そんな津村さんを目の前に「おいしそうに話すなあ」と考えながら、「実際うまい!! 幸福感のある食べ物だ……」とロースカツを食すオカヤさんを見ていると、自分もロースカツを食べたくなってきました。

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第4回 「最後の晩餐 ~津村記久子さんの場合~」より。“おいしそうに話す”を津村さんを見て、楽しげな表情を浮かべるオカヤさん。

津村さんは食事以外にも、「死ぬ前に何を『聴く』か」も問題の1つであると語り出します。「最近信号待ちでハードコアパンク聴いてて……おばあさんになってもこれ聴いてるのかな?って思ったんですよね」と話し、オカヤさんも「たしかに……中年になったら演歌を聴きたくなったかっていうと……まだなりませんね」と同意。おばあさんになった自分がどんな音楽を聴いているのか、私も気になります。

誰だって死ぬのは怖いと思います。しかし「死」について語る登場人物が、「最後に食べたいもの」を目の前にしているからでしょうか。オカヤさんの目的のとおり、この作品を読んでいると「死」への恐怖が和らいできます。また作家の方々が持っている「死」に対しての哲学に個性があふれているのも、楽しめるポイントの1つ。加えてオカヤさんの優しい絵のタッチも、「死」というテーマを重く感じさせないのだと思います。

「おあとがよろしいようで」は、文藝春秋のWebサイト・コミックエッセイルームで連載中。今後もどのような「死」のお話が読めるのか、楽しみにしています。

(文/熊瀬哲子)


※4/28追記:第4回 「最後の晩餐 ~津村記久子さんの場合~」の公開は終了しました。