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姿の見えない会話を続ける「マヤさんの夜ふかし」で気付いた“別世界への門”の存在

外はしんと静かで夜が深まってひとり。でも誰かと話したい時もある。そんな時、お喋りに付き合ってくれる友達はとても貴重なものだ。

自称・魔女のマヤさんはマンガ家を目指す豆山と夜な夜な音声チャットでだべっている。カップラーメンの誘惑、癒しグッズの感想、ひとりで見るには怖いホラー映画、ゴミ出しの面倒くささ。真夜中に繰り広げられるのは、そんなたわいもない話ばかりだ。

マヤさんは「ブキミな教団が眠っている邪神を起こそうとしていてあやうく地球滅亡」なところで「ちょっと世界を救ってきた」という過去をもつ。そんな話をてんで信じていない豆山は、マヤさんを「マンガのネタになりそうなちょっとイタい人」と思いながらも友達付き合いを続けている。

実は、マヤさんが魔女というのは本当のこと。

画面の向こう側で、ゴミを捨てるのに魔法を使ったり、ほうきで空を飛んだり、案外魔女っぽいこともしているのだ。だが、音声チャットでは、お互いの姿が見えない。この作品がどこか不思議な空気を醸し出す理由はここにある。

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第3話、マヤさんは魔法を使って遠隔で豆山を移動させることもできる。(C)保谷伸/NSP 2016


どんなにいつも通りの会話でも、音声チャットでは姿が見えないゆえに「実際はわからない」というアンバランスな状況が生まれる。親しい間柄の楽しいお喋り。けれど、相手の真実は己の瞳に映すことができない。マヤさんが魔女であること、つまりマヤさんの真実は、豆山の瞳に映ることがない。一方で、日常では本来ありえないことが画面越しに起きている。そう考えると、パソコンの画面が別世界の門に思えてくるのではないだろうか。

夜、ディスプレイの前にひとり。私は音声チャットをすることはあまりないが、文字情報で画面の向こうの人々とのやりとりを楽しむことも多い。もしかしたら“画面越しの人々”はマヤさんと同じく、普通の人ではないかもしれない。「私の目の前にも、別世界の門がある」。ふとそんな考えが浮かぶのは、きっと「マヤさんの夜ふかし」を読んだせいだ。

(文/川俣綾加)